【イヌナズナ】（アブラナ科）

今日はイヌナズナを描こうと思った。
１９９６年４月のことである。
定年まで数ヶ月を残して会社を退職した直後であった。

スケッチをする対象はどうやって選ぶのか、訊かれることがある。
結果的には行き当たりばったりだ。
もう少し詳しく説明すると、その時期に咲いている花をいくつか思い浮かべ、たくさん見られそうな場所を決める。
１度描いた花はダブらないようにして、候補リストが頭の中でおおよそ出来上がる。
しかし、実際に行って見ると、花期が合わなかったり、足場が悪かったりで、ねらったものが描けないことが多い。
出会いなのだから止むを得ないと割り切って、最初の候補リストとは違うものを描くことになる。

その日、イヌナズナに的を絞ったのは、前日に咲いているのを確認しておいたからである。
場所は多摩川の堤防。
稲城では、私が知る限り、ここだけにしかない貴重な花である。
もっとも、多摩川をさかのぼって奥多摩まで行けば、どこにでも咲いている。
以前、山梨県の白州を散策したときには、廃校になった小学校の校庭一面に咲いていて、あきれてしまったことがあるほどだ。

朝から、すばらしい好天だった。
自転車ででかけた。
多摩川にはサイクリングロードがあって、自転車の方が自由に動き回れる。
稲城大橋と是政橋の中間地点がねらいの場所である。
イヌナズナは堤防から少し下りたところに咲いている。
よし、あそこだ！

堤防の斜面を自転車で下りた。
スピードが出てきたので、軽くブレーキをかけた。
その瞬間・・・後輪がフワっと持ち上がった。
あっと思う間もなかった。
真下へ、頭から突っ込む形で投げ出された。
後頭部をしたたか打った。

起き上がって点検してみたが、どこにも怪我はない。
首や手足の関節をぐるぐる回して、異常がないことを確かめた。
うん、大丈夫。かすり傷一つない。ラッキーだ。
頭は、帽子をかぶっていたため、衝撃が緩和されたようだ。
そのままスケッチを行った。

スケッチは半日程度で終わった。
一旦家へ帰り、車で用事に出かけた。
信号待ちをしていたときである。
突如、目の前の道路がグワっと傾いて揺れた。
眩暈がした。

地震かと思ったが、気が付けば何ごともない。
瞬間、後頭部を打ったことを思い出した。
う、脳みそがどうにかなったのか？
病院へ行くべきか・・・・

結局、病院へは行かなかった。
その後、幻覚や眩暈は起きていない。いまのところは・・・